HOME > 湯田中温泉とは?
文献に残る開湯は、1350年前(天智天皇の時代)、僧智由が発見し、この湯を「養遐齢(ようかれい)」と名づけました。
※遐齢とは長命長寿のこと。
したがってこの温泉は、長命長寿の湯であり、病を癒し、心を爽やかにして、健康で長生きできる霊験あらたかな温泉であるということです。 また、湯田中大湯には、初代陸軍軍医総監松本順(良順)による入浴法が記されています。
僧智由は、大湯の東方に弥勒石仏を建立したとされています。
(僧智由は、佛教年表に666年に「唐朝僧智由携指南到日本」とありますが、湯田中との関連はわかりません)
湯田中温泉の源湯は、地表近くからわき出していることもあり、古代より温泉地として人びとを癒してきました。源泉も写真のように街中にあり、地中深くからわき出す温泉とは違い、湯田中温泉の街の中からわき出しています。
湯田中、新湯田中、星川、穂波、安代と5つの地区がある湯田中温泉ですが、それぞれの地区にたくさんの源泉があります。一つの源泉から分けているわけではありませんので、様々な温泉を楽しむことが出来ます。
湯田中温泉とのかかわりが深い、俳人小林一茶は、「田のくろ、ある(い)は石の蔭より、、めでたき湯のふくふくと出て、ただいたずらに流れちりぬ。あれは比 もの、一つなりとも、常の村里にふと湧きたらんには、地獄にて仏おがむよりもまさりて、よろこばしからましを、此の村里はさらに、湯ともいはざりけ り」(「田中河原の記」)と半ば感嘆ともつかぬことを記しています。「田」の中からこんこんと湧き出ずる「湯」。
これが湯田中温泉の名前の由来とも言われています。
一茶・井泉水記念俳句資料館 湯薫亭(とうくんてい)
信州・柏原に生まれた俳人小林一茶は、晩年ここ湯田中温泉に足しげく訪れ、湯田中の湯本家離れの「湯薫亭」に長い間滞在しておりました。湯本家に は多くの遺墨が残されておりました。その後、一茶の研究で知られ俳人でもある荻原井泉水は、この地を訪れた際、一茶の偉業に触れ、世に俳人小林一茶を知ら しめることとなりました。「湯薫亭」には一茶・井泉水の数多くの貴重な未公開資料が展示されています。